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François Truffaut(フランソワ・トリュフォー)は私の大好きな映画監督で、彼の映画批評集The Films in My Life(英訳本)は私の愛読書だった。 トリュフォーがこの本で触れている映画を私はたくさん見てきた。例えば、Marcel Carne (マルセル・カルネ)のLes Visiteurs du Soir(悪魔が夜来る)、Henri Georges Clouzot (アンリ・ジョルジュ・クルーゾー)のLe Corbeau(密告)、Robert Bresson (ロベール・ブレッソン)のLes Dames du Bois de Boulogne(ブローニュの森の貴婦人たち)・・・・・もちろん見ていない映画もたくさんある。その1つがJacques Rozier(ジャック・ロジエ)のAdieu Philippine(アデュー・フィリピーヌ)だった。 ずっと見たいと思っていた『アデュー・フィリピーヌ』がDVDになっていたとは・・・早速買って見た。すばらしかった。 見ていない人に悪いのでストーリーは書かないが、青年と2人の親友同士の女の子の物語で、青春映画の傑作とだけ言っておこう。 印象的なシーンが多いし、興味深い人物も登場する(見た人はわかるよね)。何度見ても飽きない映画だ。というより、見れば見るほど面白さの増す映画だ。 トリュフォーは、『アデュー・フィリピーヌ』について、an uninterrupted poem(詩の連続), a film of emotions ,a film of personalities(感情の映画、人物の映画)と書いている。うまいなぁ。そのうち、「元・鬼の家庭教師の大学受験講座」で英語の勉強に使おう。 ところで、付属の解説リーフレットによると、『アデュー・フィリピーヌ』は2004年に日本で上映されたようだ。そのときの蓮実重彦の講演も小冊子でついているし、映像特典としてフランソワ・トリュフォーによる主演俳優たちへのインタヴューが入っている。トリュフォーの、なんて楽しそうな笑顔なんだろう。トリュフォーはほんとに映画が好きなんだな。
『新潮 2007年 3月号』の「先生とわたし」(四方田犬彦)は読みごたえがあった。 私は由良君美が好きで、店名の「古本 みみずく書林」は彼の著書、『みみずく古本市』から採っている。由良君美の死を知ったとき、衝撃を受けたのと同時に、もう彼の新しい本が読めなくなったのを残念に思った。 以前、浅羽 通明の『ニセ学生マニュアル』(手元の〈死闘篇〉ではないので、他の2冊のどちらかだと思う)で、由良君美がトンデモ教授として紹介されていて意外に思ったのだが、「先生とわたし」を読んで納得した。 「先生とわたし」を読みながら、私が書物でしか知りえなかった由良君美から、直接教えを受けている四方田犬彦やゼミ生たちがうらやましかった。特に、ゼミ終了後、由良君美の個人研究室で、由良のいれた紅茶を飲みながらの第2のゼミが。 ところが、次第に読みすすめるのが苦しくなってくる。痛ましかったなぁ。 由良君美は東大を定年退職後、東洋英和女学院大学で教え始めてまもなく、61歳で亡くなった。時間もできて、これからというときに、無念だっただろうなぁ。きっと、天国でも、「ところで最近の収穫は何かね?」と言っていることだろう。 由良君美が読みたくなり探したところ、『セルロイド・ロマンティシズム』が見つかった。映画批評集で、私の好きな監督、映画がたくさん載っている。 映画が見たいなあ。特に、ダニエル・シュミット。『ヘカテ』、『セルロイド・ロマンティシズム』のカバーにスチール写真が使われている『ラ・パロマ』、そして、映画を見ることのしあわせを感じさせてくれる『季節のはざまで』・・・『季節のはざまで』はビデオにもDVDにもなっていないのだ。一体どうなってんだ!残念だが、ダニエル・シュミットの新作も、もう見ることができない。
先週、何か物足りないと思ったら、テレビ東京の『逃亡者おりん(のがれものおりん)』が終了していたんだったな。 毎回、ハラハラしながら、おりん役の青山倫子の立ち回りを見るのを楽しみにしていたが、もう見られないかと思うと悲しい。 わたしは、初めておりんの疾走する姿を見たときを忘れないだろう。そして、『水戸黄門』の由美かおるの入浴シーンに勝るとも劣らないようなセクシーシーンを。 「闇の鎖、またひとつ、切りました」の台詞回しにも、ためが入ってきたし、女優青山倫子の成長の記録でもあった。 わたしはバージョンアップしたパート2を見たい。バージョンアップしたセクシーコスチュームも。 しかし、闇の鎖をすべて切ってしまったしなぁ。
 『 本 』(監修 永江 朗)の「植草甚一」に、 「植草甚一」が注目されるようになったのは還暦を過ぎてからで(‘70年に出た『ぼくは散歩と雑学がすき』がきっかけに)、71歳で亡くなってしまったから、活発な活動期間はわずか10年とも言えます。 とある。 『ぼくは散歩と雑学がすき』は、『話の特集』連載の「緑色のズックカバーのノートブックから」(昭和42年4月号〜昭和45年8月号)を1冊にまとめたものだ。 35のエッセイが収められているが、例えば、「15 グリニッチ・ヴィレッジのコンクリート将棋版でチェス・ゲームをやって食っていた映画監督スタンリー・クブリックの話などダラダラと長くなりそうだ」って、ダラダラと長いタイトルだなぁ。 「5 ナボコフの投書と本の話とナボコフィアンのこと」には、こんな記述がある。 「ロリータ」のオリンピア・プレス普及版の表紙は、蝶の羽根模様デザインになっている。ということはロリータという十四歳の少女が、ナボコフの網袋に引っかかった蝶の珍種だというわけだ。映画にもなった「コレクター」の作者ジョン・フォウルズは、こんなところから、あの小説のヒントをあたえられたのかもしれない。 おもしろいなぁ。 植草甚一のエッセイは、おいしそうなところをつまみ食いするような読み方がいいな。
遅ればせながら、『容疑者Xの献身』を読んだ。 う〜ん、うまい。やられたな。 「あれ?おかしいな」というところにトリックがあったな。 生きている意味を見失い、毎日死ぬことばかりを考えていた、かつて天才といわれた高校の数学教師が見つけた生きがいとは・・・・ 『容疑者Xの献身』は一気に読み終えられるだろうが、二度読む価値がある。 ミステリーの傑作だけでなく、生きることを問いかける小説でもあるからだ。 考えさせられたな。
浅見帆帆子、佳川奈美、中野裕弓、稲盛和夫、村上和雄、天外伺郎、飯田史彦、佐藤富雄、江原啓之、高橋佳子のうち、あなたは何人の名前を知っていますか? 『スピリチュアルにハマる人、ハマらない人』(香山リカ / 幻冬社新書)が売れたので、発送前に読んだ。 今まさにスピリチュアル・ブームだそうだ。 この時期に『スピリチュアルにハマる人、ハマらない人』を出版した幻冬社はさすがだ。読みたくなるタイトルだし、著者に香山リカを選んだのも悪くはない。 リカちゃんも、本業やテレビのコメンテーターやらで多忙にもかかわらず、よくがんばった。執筆期間も短かっただろう。多少のミスは大目に見るぞ。 リカちゃんは、「スピリチュアル」を受け入れる土壌について考え、オウム真理教やオカルトと比較し、アダルトチルドレンや解離性障害と関連付けながら、スピリチュアルにハマる人の特徴を明らかにしようとする。 スピリチュアルにハマっている人がこの本を読んだら、腹を立てるだろうなぁ。でも、リカちゃんの個人的意見だからね。 江原啓之がフランコ・ゼフィレッリの「ブラザー・サン、シスター・ムーン」に感動して今の道に進むと決めたそうだが、私も感動したが、道はぜんぜん違ったな。 私は自分ではスピリチュアルにハマらない人だと思っていたが、「オーラの泉」が見たくなったぞ。 私もスピリチュアルにハマりかけているのだろうか。
テレビ東京の「李香蘭」は、後編の前半部分を見られなかったので、なんともいえないが、長谷川一夫の場面など、個人的に興味深いシーンがあったし、上戸彩も頑張っていた。チャイナドレスもよく似合っていたし。 「李香蘭」の番宣として、山口淑子の引退記念映画「東京の休日」が先週の金曜日に放映されたが、おもしろかったなぁ。 主演級の俳優が目白押しで、山口淑子へのオマージュといった作品だ。 森繁はさすがだし、原節子の登場には驚いたし、飯田蝶子も相変わらずだ。 私が特に気に入ったのは、久慈あさみ、上原謙、 八千草薫、小林桂樹、 司葉子、宝田明の複雑な男女関係だ。 久慈あさみ―上原謙― 八千草薫、 八千草薫―小林桂樹― 司葉子、小林桂樹― 司葉子―宝田明、宝田明―久慈あさみ―上原謙と、4組の三角関係が絡み合っている。結末や、いかに。 司葉子は私の大好きな女優で、 八千草薫は「岸辺のアルバム」以来のファンなので 八千草薫―小林桂樹― 司葉子の喫茶店でのシーンは特に気に入っている。 八千草薫の「レモンチー」には笑ったぞ。 この映画の 司葉子は小津映画のお嬢さん役とは違って、活発なウェイトレス役だ。 八千草薫もお茶目な芸者役だ。2人の出演映画、もっと見たいなぁ。
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